―The first step leads to your own way.―
新しい年が始まりました。一年の計は元旦にあり。今年の「道」について、考えてみるお正月にしませんか。
さて、私が住んでいる大分市の北、周防灘に面した宇佐市に善光寺というお寺があります。そのお寺は、毎年元日の夕方から5日の朝まで、年頭別時念仏会を勤められています。別時念仏とは、時間を定めて、その間ひたすらにお念仏をとなえるお勤めです。
私が昨年、その別時念仏に参加した時のことでした。大学の休みで帰省していた女性が、善光寺さまを訪ねてきました。
善光寺さまのお檀家さんではないのですが、小学生の頃からよく家族でお寺をお参りされ、お寺の子供会に参加していたこともあり、私もよく知っている方でした。
彼女は、今まで別時念仏に参加したことがありませんでしたが、知人の私たちがいたこともあり、試しに5分だけ参加してみると話されました。
本堂でお念仏を始めてみると、共にお勤めしている方々の声に合わせて大きな声でお念仏をとなえ、5分どころか、家族が迎えにくるまでの30分ほど続けていました。翌日また訪ねてこられたので、感想を尋ねると、「みんなの声に合わせてお念仏をとなえたら、すごく気持ちが良かったよ」と答えてくれました。まず、その一歩を踏み出すことが大切です。
法然上人の詠まれた「極楽へ つとめて早く 出で立たば 身の終わりには 参りつきなん」という歌があります。これは「旅が朝早く出立するのが習いとなっているように、極楽への旅立ちも早く発心してお念仏に励めば、この命が終わる時に必ず阿弥陀さまのお迎えをいただいて、極楽に生まれることができます。今からただちにお念仏信仰の道に励みなさい」というお示しです。
「お寺にお参りするのは、年を取ってから」では遅いのです。お念仏の教えに出会ったならば、今すぐに善い習慣(お念仏の信仰)を始めましょう。そして、その一歩ずつが往生への積み重ねへと続いてゆくのです。
法然上人八百年大遠忌の法要が、昨年10月に京都の総本山知恩院様でお勤めされました。しかし、たとえ大遠忌の年が過ぎても、ここでお念仏のお勤めは終わりではありません。今年の1月25日には、上人の八百一回忌のご命日を迎えます。
この先さらに続く道のりの、新しい一歩を踏み出す未来への大切な年です。皆様の一歩が、素晴らしい道へと続きますように。
(大分県大分市・安養寺副住職 阿部昌道) |