Chant the nenbutsu with firm concentration
今月の言葉、「ただ一向に念佛すべし」は、法然上人がご入滅の二日前に遺されたご遺訓「一枚起請文」からのお言葉です。どなたにも、馴染み深いものではないかと思います。
「ただひたすら念仏をとなえなさい」。このように法然上人はおっしゃいました。阿弥陀さまのみ光は皆に降り注がれており、お念仏をおとなえすることによって、私たちは今あるこのままの姿で救われていきます。
自坊で少し法話をする機会があって、お檀家の方にこのお話をお伝えしたところ、一番前の席で、うんうん、とうなずきながら熱心に耳を傾けてくれるおばあちゃんがいました。この方は定年まで教職に就かれ、今でもその頃の教え子たちを集めて、料理や手芸を教えたり、ボランティア活動に積極的に参加される、活動的な女性です。この“先生”が、最近よくお寺にお参りされるようになったこと、私自身うれしく思っておりました。
お話をした数日後、何名かお寺に集まって、先生から手芸などを習う機会が設けられました。皆さん学生に戻ったような気分で、先生に注意点を聞きながら作業を進めていきます。ちょっと一休み、お菓子を用意して、お茶の時間となりました。
さあ頂こう、と皆が手を合わせたところ、先生から「光順さん、お十念をしてから頂きましょう」と声をかけられました。
私が数日前にお伝えした、「ただ一向に念仏すべし」のお言葉が、先生の心に強く残っていたそうで、お家に帰られても折に触れて思い出し、お念仏をおとなえされていたそうです。
私たちの毎日は、でき得る努力をしていても、自分の思い通りにはならないことばかりです。年を重ねるにつれ、私もそのことが少しずつ分かるようになってまいりましたが、長年生徒を指導する立場として様々な経験をなさってきた先生にとっては、日々身にしみてお感じになっていたことなのかもしれません。その先生の心に、法然上人のお言葉が触れ、阿弥陀さまのみ光が自分にも及んでいることに先生はお気付きになりました。法然上人のお言葉は、先生をお念仏へと導いてくださいました。
阿弥陀さまのお救いの手は私たちに差し伸べられております。日々お念仏をおとなえし、差し伸べられた阿弥陀さまの手にこの身を委ね、お念仏の生活を歩んでいきたいものです。
(大分県杵築市・長昌寺副住職 今井光順) |