浄土宗出版 浄土宗文化局出版担当
今月の言葉
かるな 浄土宗新聞 出版目録
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2008年 7月
今月の言葉

自分がやらずに 誰がやる

Who else will do it if we won't ?

 7月になりました。小学生の頃、いつも頭を抱えていた夏休みの宿題。早めに終わらせようと思っても、いつも9月目前に慌てることになる。誰かに手伝って欲しくて、甘えた心でいる私に、祖母が一言。
 「自分がやらずに、誰がやるの?」
 祖母は、船会社の家に長女として生まれ、早くに両親と死に別れ、2人の弟とともに親戚の家に預けられた。その後祖父と縁を結んだものの、戦争がはじまり、祖父はすぐに入隊。終戦後、寺に帰った祖父は体を壊し、病床にいる毎日。その間、たった1人、庭掃除から法事まで、あらゆることをやってのけ、寺を護持したのは祖母だった。時代は戦後の混乱期。食料は不足し手に入らず、やっと手に入れたわずかの品さ え泥棒に盗まれる始末。お寺の形を維持できるのかすらまったくわからない、不透明な暮らしの中、実に苦労の連続だったと思う。
 しかし、「お寺には阿弥陀さまがおいでになる。そのお給仕は、私がせずに誰がする? この体の続く限り、目一杯させていただこう」と、まだ小さかった私の母を背負い、庭の草むしりに畑仕事、お堂の掃除に檀家のお参り、ついに祖母は寺務を停滞させなかった。
 法然上人が晩年、四国への配流をお受けになったときのこと。弟子の1人が、上人の身を案じ、「お念仏のご説法を、今しばらくお休み下さいませ」と願い出たところ、上人は、「我れたとい死刑に行わるとも、この事言わずばあるべからず」(お念仏の布教に対し、死罪のお仕置きを受けようとも、このお念仏の行を広めないわけにはいかない)と仰られた。このようなときこそ、腹を据え、誠意を持ってお念仏の布教に当たらねば。自分がそれをやらずに、一体誰がするのだ、との思いを抱いておられたのだろう。
 私の両親が亡くなったとき、暗い顔をした私に、祖母がこう言葉をかけてくれた。「暗くなれば、自分が光になって照らしなさい」――そんなに暗い顔をしていたら、周りの者まで暗くなる。そんなときこそ、自らが、光る気持ち、照らしていく気持ちを強く持ちなさい――と。
 「自分がやらずに、誰がやる」。戦中、戦後の暗いとき、周囲を懸命に照らし続けていた祖母。今年は、その祖母の初盆だ。ただただ合掌をし、ただただお念仏をとなえます。

(京都市・大善寺 羽田龍也)

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