
ナムアミダブ、ナムアミダブ……。本堂にお念仏の声が一杯です。4月に入学した中学1年生。はじめはおどおどしていたのに、今では堂々と大きな声です。寺子屋英語教室にやってくる30名程の1年生たち、今日は特別に本堂でのお勤めです。
「先生、阿弥陀さまとお釈迦さまとは、どっちの方がえらいんですか?」、「なぜお念仏をとなえるのですか? どういう意味ですか?」。次々と出てくる素直な質問。
−「今日は仏さまの話と、なぜ私たちはお念仏をとなえるのかお話ししましょう」
仏さまには3つのタイプがあります。まずひとつには、永遠不滅の仏として存在する「法身仏(ほっしんぶつ)」です。姿や形では表せない全宇宙の元ともいうべき仏さまで、毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ=奈良の大仏)が代表です。
ふたつには、修行をして仏になられた仏さま「報身仏(ほうじんぶつ)」。阿弥陀さまは、はるか昔、法蔵という名の菩薩さまであったころ、みなが苦しんでいるのを見て、すべての人たちが必ず救われるようにと、四十八の願いと誓いをたて、大変な修行をし、仏になられました。薬師如来もこの仏さまです。
しかしその救いの教えもなかなか人間にとどかないので、「法身仏」がお釈迦さまをこの世におくってくださった − 生死する肉体をもち、言葉で教えを説く仏を「応身仏(おうじんぶつ)」というのです。それが仏教の始まりです。
仏さまは人間が幸せになることを願うことで、みな同じなのです。法然上人は阿弥陀さまの「私の名前を呼びなさい。いつでも、どこでも、誰でも必ず私が救ってあげますよ」という大変わかりやすい誓いと願いを示され、「ただただお念仏を申しなさい」と浄土宗を開かれたのです。
私たちは毎日、お父さん、お母さん、兄さん、姉さん、一郎君……と何度も名前を呼びますね。人は名前を呼ばずには生きてゆけません。お念仏は阿弥陀さまの名前を呼ぶことなのです。阿弥陀さま、今日も命をありがとう。阿弥陀さま、明日もよろしくお願いします。南無阿弥陀仏と称えることは決して難しいことではなく、人が生きてゆく原点なのです。わかりましたか。
「はーい、英語の勉強よりもよくわかりました」
阿弥陀さまもニッコリです。

(山梨県富士吉田市・西方寺 野村之彦)
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